TOP > 荒井屋とは > 百二十年史

百二十年史

生い立ちから現在まで、長きにわたり刻みつづける歴史。先人たちの足跡が、これからの道筋を照らします。

明治28年(1895年) 初代・荒井庄兵衛、現在地横浜市中区曙町(旧久方町)に牛鍋屋を創業。
大正12年(1923年) 関東大震災により灰燼に帰すも直ちに復旧。
昭和18年(1943年) 戦時統制令により国民食堂となる。
昭和20年(1945年) 横浜大空襲により消失。二代目・登良吉は町内会長として消火作業にあたり行方不明に。
昭和21年(1946年) 二代目女将・花以下家族で、焼け野原にいち早く復旧、当初は外食券食堂。
昭和24年(1949年) 三代目・精一、シベリアより復員。
昭和25年(1950年) 経営基盤確立のため、資本金50万円で有限会社となる。横浜のれん会を結成、会員となる。現在の建物になる。
昭和34年(1959年) 横浜市新庁舎竣工と共に、一般食堂の営業を委託される。
昭和39年(1964年) 資本金300万円で株式会社となる。 ダイヤモンド地下街に出店。
昭和41年(1966年) 神奈川県新庁舎落成に際し、食堂を委託される。
昭和42年(1967年) 神奈川県遺族会より上大岡結婚式場を委託される。株式会社荒井商事横浜亭を設立。
昭和43年(1968年) 金沢区泥亀町ユニオンセンターに出店 。横浜おかだや地下街に出店。
昭和44年(1969年) 横浜中税務署より優良申告法人の表敬を受ける。東京都世田谷区玉川髙島屋ショッピングセンターに出店。
昭和49年(1974年) 中区曙町2-15に作業場及び男性独身寮を備える。パテオ店新装オープン。
昭和62年(1987年) 玉川店を全面改装、『SUKIYAKI横浜30min. 玉川店』としてオープン。
横浜市経済局の呼びかけによりヨコハマベスト・コレクションズ・クラブ(YES'89横浜博キャンペーン企業)に参加。
昭和63年(1988年) 横浜松坂屋食品売場に出店。西口店を全面改装、『SUKIYAKI横浜10min. 西口店』としてオープン。
平成元年(1989年) 横浜博覧会、開港記念村に参加、出店。首都高速横浜ベイブリッジ大黒SAに委託販売開始。
平成 2年(1990年) 荒井商事関内ビルに牛肉割烹『荒井屋関内店』を出店。伊勢佐木町本店新装オープン。
平成 3年(1991年) 株式会社荒井屋食品事業部(工場部門)と営業部(物販部門)を有限会社アライフーズとして分社設立。
平成 4年(1992年) 池袋東武百貨店地下食品売場に出店。
平成 5年(1993年) ランドマークプラザに『荒井屋開化亭ランドマーク店』を出店。三代目・精一 代表取締役会長就任、四代目 ・一雄 代表取締役社長就任。
平成 7年(1995年) 伊勢佐木町本店を改装。
平成16年(2004年) 資本金6500万円に増資。
平成18年(2006年) 本店に鉄板焼コーナー『ARAIYA ANNEX』オープン。
平成19年(2007年) 3月 中区海岸通4 23相模ビル1階に『荒井屋万國橋店』をオープン。 5月 四代目女将・順子 代表取締役に就任。
平成21年(2009年) 商標登録取得。
平成26年(2014年) 3月 中区伊勢佐木町3-107 1階に製造作業所開設。
百二十年史百二十年史百二十年史百二十年史百二十年史百二十年史百二十年史百二十年史百二十年史